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[全体概要]
久住高原の広大な草原は戦略上では重要であったが、細川藩にとっては参勤交代の際、熊本から乗船して江戸に向かうよりも陸路大分(鶴崎)に抜け、そこから乗船する方がはるかに有利であったため、熊本−大津−内の牧−宮原−瀬の本−久住−野津原−鶴崎の参勤交代道がいち早く確保された。現在久住高原の東西に横断する国道442号がその街道の一部にあたり、老松の並木が所々に残り、猪鹿狼寺山道登山口(南登山口)にある一里塚の石燈篭などが往時を偲ばせている。久住町の中心地区でも家の造りなどに古めかしい香りを感じさせるものが少なくない。これも大名行列を受け入れる宿場町の名残りを示すものとして興味深い。
規模
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延長3km
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〒878-0201
大分県竹田市

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