|
観光スポットに関する情報のご利用にあたっては、ご利用者自身で事前にご確認下さい。
[全体概要]
鎌倉時代以来の吉見氏の三本松城を前身とする。慶長6年(1601)坂崎直盛が入城,大改修を行なう。元和2年(1616)坂崎は断絶,翌年,亀井政矩が四万三千石で入城,子孫相ついで明治にいたる。明治7年,建物を破却。城跡は史跡公園となっている。◎坂崎直盛(?-1616)宇喜多忠家の子。名は直盛・成正。左京亮。宇喜多秀家とは従兄弟。秀家に属して二万四千余石を領したが,慶長4年,戸川逵安・花房正成ら重臣と共に秀家と抗争,主家を立ちのいて徳川家康に転仕した。慶長5年11月,関ケ原の功をもって石州津和野で新封三万石。この時,姓を坂崎に改めたという。大坂夏の陣で,千姫を救い出した,と伝わるが不明。元和2年9月,本多忠刻に再嫁する千姫を奪い取ろうとしたが発覚,自刃して断絶。家臣に殺されたともいう。◎亀井政矩(1590-1619)父は豊臣氏に属したが,政矩は徳川家康に仕えた。父は亀井茲矩。1612年父の遺領因幡気多郡・高草郡のうち3万8千石をつぎ,鹿野城主となる。
時代
:
鎌倉
|
|
津和野三本松城跡
(ツワノサンボンマツジョウセキ)
|
|
|
〒699-5601
島根県鹿足郡津和野町

|
|