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[全体概要]
武田信虎が永正16年(1519)に築き、天正9年(1581)まで信虎、信玄、勝頼がその本拠としたもので、東西284m、南北193mの内郭に土塁・堀をめぐらしている。内郭は東、中、西の曲輪に分かれ、これに北曲輪、南に梅翁曲輪がついたものであった。城というよりも代表的な居館であり、武田氏の盛時、信玄はここで8ケ国にまたがる政治・軍事の主導権を握った。いまは、土塁・堀・石垣などが残され、当時の本丸付近に武田神社がある。◎武田信虎(1494−1574)石和生れ。戦国の甲斐の守護大名。国内を平定し武田家飛躍の基礎を築く。天文10年長男の晴信に追われて駿河に隠棲。のち京都にのぼり伊那高遠城で死去。◎武田信玄(1521−73)甲府生れ。戦国時代の大名。近隣8カ国にまたがる甲斐合衆国を形成。天下に号令しようとして、大軍をひきいて上洛の途についたが、途中で病死した。
時代
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室町
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〒400-0014
山梨県甲府市古府中町、屋形三丁目、大手三丁目

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