観光スポットに関する情報のご利用にあたっては、ご利用者自身で事前にご確認下さい。
[全体概要] 慶長19年(1614)徳川家康の六男松平忠輝によって築かれた近世の平城である。忠輝は元和2年(1616)家康・秀忠の怒りにふれ,城地を没収された。以後,高田城主は酒井家次・忠勝,松平忠昌,松平光長,稲葉正通,戸田忠真,松平越中守家五代と続き,寛保元年(1741)には榊原政永が十五万石で入城した。榊原家は明治4年の廃藩置県まで,六代,約130年間,藩政をしいた。城跡に明治41年,陸軍第十三師団が置かれた。現在は,外堀・内堀が残るだけで,本丸跡には上越教育大学附属中学校,高田城三重櫓,二の丸・三の丸跡には上越市厚生南会館,上越市立総合博物館,小林古径邸などが建っている。平成5年,本丸の西南隅の土塁上に,高田城三重槽が再建され,高田城跡のシンボルとなっている。◎松平忠輝(1592-1683)江戸前期の高田藩主。かねてからの徳川家康や秀忠との不和から伊勢の朝熊岳金剛證寺に配流されたこともあった。◎松平光長(1615-1707)越前北の庄生れ。江戸時代の高田藩主。城下町の整備や新田開発を行ったが,越後騒動のため領地没収。◎榊原政令(1776-1861)幕末の高田藩主。隠居後も政務をみ,治政は50年に及ぶ。赤倉温泉の開発や砂防植林を行う。また東条琴台を招いて学芸を奨励。
時代 : 1614
全1件のクチコミを見る
このスポットに対する評価:
1614年に徳川家康の6男・松平忠輝によって築かれたお城です。 もともと天守閣は造られずに三重櫓が天守閣の代わりとなっていました。 現在は高田公園として整備され、沿道の桜は日本三大夜桜の1つに数えられ、 外堀を埋めるハスの花...
全3件のおでかけルートを見る
<東洋一のハスの花・高田公園>
新潟・高田城百万人観桜会
桜満開!上越高田城
(例)ディズニーランド
みんなの評価: