井伊家は藤原鎌足の後裔で、藤原共資公(元祖共保公の父)の時、遠江国守として遠州村櫛に下り、共保公より井伊谷の地に移ったんだそうです。突然ですが、”青雲の大和”読んでいますか?
その後、井伊氏は保元の乱で源義朝に、鎌倉時代には源頼朝に仕え、南北朝時代では御醍醐天皇皇子、宗良親王を迎え北朝と戦い武勲をなしたそうです。だから、宗良親王のお墓が近くにあるんだあ。
室町時代、今川氏に仕え「桶狭間の戦い」で戦死した井伊家22代直盛の戒名をとり龍潭寺と寺号を変えたんだそうです。戦国時代、24代直政が浜松城主徳川家康に仕え“井伊の赤鬼”と呼ばれ大活躍、やがて徳川四天王の筆頭となり彦根に出世したんですね。そして、幕末の36代目が井伊大老直弼さんですよ。安政の大獄で尊王攘夷派を弾圧した直弼さんは、桜田門外の変で水戸浪士によって暗殺されちゃうわけですね。小生、幕末あたりの井伊家の歴史は知っていましたが、中臣(藤原)鎌足に繋がる家系だったとは知りませんでした。やっぱり、さわやかウォーキングは勉強になります。