那谷寺はずっと昔、縄文時代の神まつりの霊地であった処です。縄文人は狩猟によって自分の命を支えてきました。いわば他の命を奪うことによって我が命にかえてきたので、他の生物への感謝の気持や命を奪うことへの恐れ、汚れの念を持ち続けていたと思います。
やがてそれは自然への畏敬の念や、人の生きることへの罪の意識として表れます。そして古代人は人の魂は輪廻転生すると信じており、魂はあの世とこの世を往復すると信じてきました。
又、那谷寺の地には岩山と洞窟がたくさんあって、その洞窟は母親の胎内のようで、生まれる間に魂が清められる場所、魂のゆりかごの場所と信じていました。それならば生きている間に自分の罪を洗い清めるため洞窟に入って祈り、表へ出ることによって清められると思い、ウマレキヨマルためのイワヤ内で神まつりをしたのです。ところがそのイワヤ洞窟は白山の方角に向かっていたので、白山を遥拝する場所としてイワヤ本殿ができたのです。