後生掛温泉由来(後生掛温泉HP参照)
300年前、三陸生れの若者九兵衛が地獄谷の尻に牛を飼って住み着いていたが、3年目の夏に生死をさまよう重病に冒された。その時恐山に向かう若い巡礼が通りかかり佛心を込めて看病したので、九兵衛は全快し、同情と敬慕に結ばれた二人は幸福な3年を過ごした。然し九兵衛には三陸久慈に許嫁があった。出発後生まれた子は七才になっていた。子供のため、夫を迎えに妻は故郷を後にした。やっとたどりついた地獄谷で見合う三人の夜が夫々の苦悩と鶏鳴に明けると巡礼の姿が無かった。妻は予感をたどり地獄谷大石の側に草鞋を見つけた。女として女を知る妻は号泣した。そして妻も又夫の声を後に聞きながら、後生を掛けて地獄谷に身を投じていた。その後地獄谷を訪れる人はオナメ(妾)モトメ(本妻)と呼びこの地を後生掛と呼ぶようになった。