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「関西花の寺第十三番〜法金剛院の蓮(はす)〜2008.07.06」 |
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平安時代初期(830年)、右大臣清原夏野が山荘を建てた後、これが双丘寺(ならびがおかでら)に、これが法金剛院の創始と伝えられているそうです。
次いで文徳天皇が天安2年(858年)に伽藍を建て定額寺に列し、天安寺と号した後、いったん、寺は衰退したようですが大治5年(1130年)鳥羽天皇の中宮待賢門院(たいけんもんいん)が天安寺を復興し法金剛院と改号したそうです。
鎌倉時代に入ってからも、再び寺は衰退したそうですが、鎌倉後期に唐招提寺から円覚上人が入寺し復興に努め、この時律宗になったという。その後、応仁の乱で寺は焼失したそうですが、元和3年(1617年)に照珍上人の努力で復興したといわれているが旧に復することはできなかったようです。
明治になり山陰線の敷設により寺の土地の南半分を失ったといわれています。
いや〜歴史ゆかしき・・・
<炎天下の中、嵐山から歩いてしまったのでした。(暑かった〜〜)> |
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2008/7/6 〜 2008/7/6 |
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ひとり |
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花見・紅葉,歴史・文化・芸術,寺社・礼所 |
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