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鶴丸城跡のクチコミ

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鶴丸城跡のクチコミ(atomさんのおでかけガイド)
atomさん
2008/1/14投稿
鶴丸城跡に対する評価 
鶴丸城跡からゆっくり5〜10分程度で照國神社に着きます。照國神社の奥から、鶴丸城跡の裏手を見ながら城山に登る道があります。春先からは(特に初夏)大きな楠の木の緑が目にしみ心地よく城山へ登ることができます。山頂近くになるとおみやげ屋さん等があります。山頂の展望台からは鹿児島市街が一望できます。お友達やご家族と篤姫や西郷隆盛の話をしながらゆっくり登るのがいいでしょう。夏は暑いと思いますが、早朝だといいかもしれません。
オススメの同行者 [ひとり][友人(1〜2名)][恋人][夫・妻]
オススメの滞在時間 [ちょっと立ち寄り]
オススメの月
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
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鶴丸城跡

鹿児島県 > 鹿児島・桜島
見る・遊ぶ [文化史跡 / 史跡]
みんなの評価
[全体概要]
慶長7年(1602)に島津家久が鹿児島の西北にある城山の南麓に築いた城。城の地形が鶴の羽を広げた姿に似ていたので、鶴丸城の愛称がある。城自体は質素な屋形造りの居館であった。これは鹿児島藩独特の外城制度による。元禄9年(1696)に大火に遭い、再建されたが、明治6年(1873)にも出火して全焼。焼け跡に征韓論に破れて薩摩に帰った西郷隆盛が私学校をつくった。府城・御館などともいう。現在、本丸と鹿児島の歴史資料を展示する黎明館が建っている。◎島津家久(1576−1638)加久藤城生れ。島津藩主初代。外様大名。七二万石を領す。慶長7年鶴丸城を築き、外城制度、奄美沖縄領国化など藩体制の基礎を確立。◎島津重豪(1745−1833)加治木生れ。島津藩主。造士館創設。開明策をとり豪奢な生活をし、樺山主税らの緊縮策を嫌い、近思録崩で処断。晩年調所に藩政改革を命じた。◎島津斉彬(1809−58)江戸生れ。島津藩主。重豪の影響で洋学を学び、近代工業の創立に努め、集成館を作った。開国派で、慶喜を将軍に推した。西郷らを登用した。  続き
所在地 〒892-0853
鹿児島県鹿児島市城山町  MAP
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